自分の手でつくるマルタイ
機械を巡るひとびと VOL. 009
コウイチさん
(株)グリーンマックス 商品企画部
年齢を聞かれると、“小田急電鉄のNSE(3100形電車)がブルーリボン賞*に選定された年”または“東海道新幹線の東京~新大阪間が開業した年です”と答えるほどの鉄道好き。
ブルーリボン賞:鉄道友の会(全国規模の鉄道愛好者団体)の会員が毎年選定し優れた車両に与えられる賞
2023年初夏|東京にてインタビュー
写真:09-16ディスプレイキット作例(ORANGE DROPS氏作)
長年にわたり講演会や講座、TV番組への出演など多彩な活躍をされてきたコウイチさん。長年の取材から得た知識と経験はプラモデル業界でも抜きんでた存在。保線業界を除くと、間違いなくマルタイを最もよく知る一人です。
――鉄道模型は知っているようで知らない世界。今日はお話を伺えるのをとても楽しみにしていました。
コウイチさん(以下、コウイチ):宜しくお願い致します。鉄道模型はスケール(縮尺)や線路幅の違いにより様々なタイプに分かれます。このうち線路幅9mmのタイプを「Nゲージ」と呼んでいます。国内では最も流通しているタイプの鉄道模型で、私たちグリーンマックス社はマルタイやバラストレギュレータKSPをこれまでNゲージで製品化してきました。Nゲージの場合、部屋の中の必要スペースが小さいので「見る楽しさ」に加え「運転する楽しさ」を味わえます。
でもそれだけが鉄道模型の楽しみ方ではありません。鉄道模型で最も奥深い「作る楽しさ」を満喫したい方向けに、今回「マルタイ09-16ディスプレイキット」の1/80スケール(線路幅16.5mm)を発売しました。ぜひ見て頂きたいのが機械中央部のサテライトユニット。前後にユニットを動かすと、タンピングユニットが連動して上下に動きます。09-16マルタイの重要な箇所なので「この構造ありき」で企画を始めました。
写真:赤色で塗られたサテライトユニットが際立つ成型試作品
コウイチ:もう一つ今回のこだわりを挙げるとしたら、「透明パーツを車体各部のライトに採用」したことです。ここ数年で市販LED(発光ダイオード)などの小型化・軽量化が進み、モデラ―(模型製作を趣味とする人)は電飾加工しやすくなりました。マルタイが作業するのは真夜中。闇夜の中で輝きが生み出されるとマルタイを一層楽しめます。
写真:電飾加工されたサテライトユニット(コウイチさん作)
--作業ライトがついていると一気に臨場感が高まります。夜間作業が今にも始まりそうです。マルタイを再現するために細かいパーツも多そうですね。いくつパーツがあるのでしょう?
コウイチ:大小合わせて約300種類になります。その中には組み立て後、外からほぼ見えなくなるエアコンパーツなども含まれています。隠れてしまうからあまり意味無いんですが(笑)。
--一つのプラモデルセットが出来上がるまで、取捨選択を積み重ねながら一つ一つのパーツに落とし込んでいく。それがこの300のパーツですね。
写真:一つ一つ練り上げられたパーツたち
コウイチ:模型としてどう再現していくか?を考えぬいた結果がこれらのパーツです。そしてそのベースになるのがリサーチです。関連資料を読み込んだり、マルタイ取材に最適なスポットを探したり、夜間作業を何度も見に行ったり。リサーチしているとついついいろいろなことをもっと知りたくなります。一度知ってしまうとそれを製品に反映したくなる。でもその全てを実現するわけにもいきません。時間やコスト面等の制約も含めて悩みます。それもあって最近は知りすぎないように努力しています(笑)。
--そこまで追求してしまうのですね(笑)。さて今までは模型商品開発の裏側についてお聞きしてきました。これからは模型の”作る楽しみ”について教えてください。
コウイチ:そうですね、模型作りは本当に自由です。電飾にこだわるのも楽しいですし、油圧ホースを追加するのも魅力的です。
個人的におススメなのが手すりです。小さなパーツですがあるだけで模型に陰影が生まれ、立体感が高まります。それが小さな世界の魅力を引き立ててくれるはずです。注意点があるとすれば、手すりサイズを正確に縮小して作ろうとすると細くなりすぎて壊れやすくなります。金属素材に置き換えるとサイズ感と強度を両立できます。
塗装にこだわるのも一つの楽しみ方です。本物と全く同じ色をいつも使用するわけではないんです。特にサイズの小さなNゲージの場合は、実際よりもやや明るめの色を選ぶといいですね。模型の場合、実機よりも面積が小さいので、実際より暗く見える「スケールエフェクト」があるので。
写真:Nゲージ車両の色選びはスケールエフェクトの効果を考慮する必要がある
--おおー。小さな色見本で見る色と面積の大きな車両の色が異なると感じたときがありました。スケールエフェクトが働いていたせいだったんですね、面白い!このインタビューだけで、沼に誘われている感じがして怖くなってきました(笑)。ところで製品カタログ(2017)に、コウイチさんの自宅作業場が掲載されているそうですね。
写真:本人曰く「潜水艦のコックピット」と称するほど、上下左右と様々な工作器具や材料でびっしり。右奥にあるファンを回せば、エアブラシでの塗装作業もここで可能。(Nゲージカタログ Vol.17より抜粋)
コウイチ:そうなんです、なかなか珍しいですよね。左上側の棚は資料スペース、その前にはスカイブルーの車両が試験線上にあるの分かります?ここは組みあがった車両の試運転を行い、車両高さや連結状態のチェックを行う場所です。確認しやすいように、試験線の高さを目線の高さに合わせています。
--なるほど。プラッサー工場の試験線で出荷前機械の最終確認を行うのですが、それと同じですね。この作業場を見るだけでコウイチさんの楽しみ方を垣間見れて楽しいです。細部にまで目がいってしまいます。プラモデルというとコレクションするイメージがありますが、コウイチさんもやはり?
コウイチ:もちろん!作りたい模型やプラモデルが多すぎて購入したまま“積読”状態になっています。一生かかっても全部は作り切れないくらい。鉄道模型の世界は分類学の世界。同じ形式でも製造年度によって仕様が異なるものは集めたくなります。自分がこの世から旅立った後、苦労して集めたり、作ったりした「お宝」もきっと“燃えるゴミ”か“燃えないゴミ”に分類されて捨てられてしまう。その前にこの価値を知る人にバトンを繋げないといけない、それが今の悩みです。
コウイチさんの愛用品 「特製プラ製定規」
取材で欠かせない定規。
金属製定規は鉄道車両を傷つけるリスクがあるので使用しない。
定規裏にゴム磁石を付けることで、鉄車体に張り付けられるように工夫されているオリジナル。
――編集後記――
鉄道模型の沼に長年棲み続けているコウイチさん。モデラ―としての模型愛をインタビュー中ずっと浴び続けました。「プラモ楽しいよ、さあやろう!」という表面的な情熱の押し付けではない、穏やかなそして揺るがない愛情を感じました。そしてその愛情のルーツには「技術への讃仰」がありました。(その話もたくさんお聞きし、文字に起こしたかったものの、泣く泣く割愛致します。)
マルチタイタンパー 09-16 (プラッサー&トイラ―純正色)ディスプレイキット
組立式プラスチックモデルで国内仕様の防音壁を装備。車体中央のサテライトユニットが前後に可動し、連動してタンピングユニットも上下に動く。車体は世界中の稼働機械で最も多い黄色。屋根はグレー、台車は黒の成形色。作業員と操作員のフィギュア計4体と展示用レールが付属する。価格13,200円(税込み)