今日やる仕事も、明日やる仕事も同じくらい重要です。
機械を巡るひとびと VOL. 007
レンさん
JR四国徳島保線区
ジェイソン・ステイサム(英国俳優)の大ファン。
体力に自信があり、ジェイソンのようなアクション派を目指している。
本人の願いとは裏腹に、韓国人気俳優“チャン・グンソク”と称されることが多い。
2022年初夏|徳島にてインタビュー
1982年度、旧国鉄にとって最後の新卒採用が行われました。JR発足後も1990年代初頭まで採用を抑制したことにより、30年の月日が流れた今日でもその世代の人材は極度に不足し、鉄道各社はこの「谷間の世代問題」を踏まえた技術継承に取り組んでいます。
今回は“技術継承”をテーマにJR四国徳島保線区のレンさんに話を伺いました。
――レンさん、今日は宜しくお願いします。今日予定している作業について教えてください。
レンさん(以下、レン):10名が所属する私たちのチームは、軌道の検査・巡回や保守作業を行っています。日々の業務に応じて、複数のグループに分かれて作業します。今日は高徳線阿波大宮~板野間の夜間突き固め作業を私のグループは担当しており、朝点呼後、現地調査に向かいます。現場では列車が通過するため、区間ダイヤを確認しながら随時待避を行います。その後は保守用車基地にて、マルタイの始業点検と整備を行い、夜間作業に備えます。
――分かりました。マルタイ作業が外注されることが主流になっていますが、JR四国では自社で実施しているのですね。マルタイを施工する際のレンさんの役割はどういったものになりますか?
レン:マルタイ作業の計画・作業・結果確認まで担当しています。私は、3年ほどJR四国のグループ会社に出向して保線作業を行っていました。しかし、当時は目の前の課題に取り組むことにただただ精いっぱいで、与えられた指示をこなしていくだけでした。2年前に徳島保線区に復職し、大先輩(後述)からマルタイに関する一連の業務を引き継いだことがきっかけで、それまで一つ一つの業務で捉えていたものを全体の流れとして捉えられるようになりました。
――全体の流れで捉えるというと、仕事の視点が変わってきたということでしょうか。
レン:そうですね、「指示を受けた業務をこなす」ことから、「自分なりに考える」ようになりました。自分の知識と経験から懸命に考え、自分なりに正しいと思う答えを導きだします。
それでも自分の答えは「先輩の意見」としばしば異なります。チームには大先輩のヒサヨシさんがおり、ヒサヨシさんの視点と自分の導き出した答えを比較します。“何か不足している視点があるのだろうか?”自問を繰り返し積み重ねることで、これまでよりも広い視野をもてるようになった実感があります。
――頭の中で日々、試行錯誤を繰り返しているのですね。日々の仕事に対する考え方も変化したのではないでしょうか。
レン:そうですね。目の前の仕事に取り掛かる前に、どの程度まで達成すべきかを考えるようになりました。短期的にだけではなく、中長期的に。自分の分野だけでなく、周りの部署のことも含めて総合的に。
理想を追い求めることも時には大切です。一つ一つのことを完璧に実施できればベストですが、そればかりでは壁にぶつかります。無理をして今の仕事をこなしても、長続きできません。今日やる仕事も、明日やる仕事も同じくらい重要です。今いる人員、部材や予算の範囲で出来ること。現状の課題に対して、今の状況下で、長期的な視点から。仕事に対する向き合い方が変わりました。
――大きな成長を実感しているようですね。チームの中でもレンさんは頼りにされていると聞きました。
レン: 期待に応えられているかは分かりませんが、昔より仕事が楽しくなってきました。
自分の役割は「上の世代の先輩」と、「20代の後輩」の橋渡しです。先輩たちの築き上げた大きなバトンを受け取れるように必死にもがいています。5~10年後、彼らが担ってきた役割を自分たちが引き継ぐ。そう思うとのんびりしていられません。
――ヒサヨシさん、お話を伺わせてください。ヒサヨシさんは40年以上、保線機械に携わり、徳島保線区の機械において要となる存在であると伺っています。レンさんたちの世代は30~40代で、長い時間をかけて技術と経験を一つ一つ伝えていくことはできません。どうすれば技術継承していけると思いますか。
ヒサヨシさん(以下、ヒサヨシ):人がすることだから、ミスはしゃあない。失敗をすることで身につくこともある。昔は頻繁にトラブルが起きていたし、自分も何度も失敗してきた。失敗が許容される土壌があった。大らかな時代だったのだろう。だから好きなことがしやすい時代だった。
たくさんの試行錯誤を通じて、技術継承がしやすい環境だったのでしょう。
国鉄の時代と比べ、今はさまざまなことが大きく変化した。保線機械は単純な構造だった。機械の調子が悪くなれば、自分たちで機械を診て、直接修理することもできた。今の機械は複雑になったから自分で直すことが難しい。コンピュータ制御の最新機械は、自分の知っている機械と全く別なもの。機械に限定していえば、新しい世代は私の知識と経験とは異なるものも必要としていると感じている。毎日一緒に働いて、時間を重ねることで何かしら受け取ってくれたらと思っている。
レン:ヒサヨシさんは朝ドラに出てくる可愛い女優やアイドルに詳しく、話題に事欠かないです。休憩時、お気に入りの女優さんがテレビに出てくると、情熱的で分かりやすい解説をしてくれます。仕事のときよりも分かりやすいくらいです(笑)
そうやって僕らと同じ目線で、冗談を言い合える関係が有難いです。尊敬できる大先輩です。
――レンさん、最後に保線機械に携わる若い方たちに一言お願いします。
レン:若い人たちは思考が柔軟です。失敗を恐れずにいろいろチャレンジして欲しいと思います。そして、保線作業の魅力が若い人たちに伝わるように私たちも自分たちの仕事を分かりやすくアピールしていきたいと思っています。
レンさんの愛用品 “マグカップ”
ステンレス製のマグカップ。カップに印刷されていた赤いコーラのロゴは掠れてうっすらとその面影を見て取れるくらいだ。先輩から譲り受けたそのマグカップをレンさんは10年以上愛用している。ロゴ以上に存在を主張しているのは、黄色のテープの“レン・グンソク” の刻印。韓国の人気俳優にレンさんが似ているからと、先輩がカップに付けてくれたという。このテープを剥がすことなく、使い続けているところにレンさんの人柄が伝わってくる。
――編集後記――
「ミスはしゃあない!」というヒサヨシさんの言葉。そして日々、頭の中で試行錯誤を繰り返し自分なりの答えを導きだそうとするレンさんの姿勢。世代を超えたつながりを強く感じました。
上の世代の知識も経験も考え方も受け継いで、レンさんたちの世代は時代に合わせて進化させていく。そのベースになるのはコミュニケーションです。そう考えると、ヒサヨシさんのように、好きな女優さんについて熱く語り、下の世代とコミュニケーションをとれるのも技術継承において意外と大切なポイントなのかもしれません。