引きが強いと呼ばれるようになりました
機械を巡るひとびと VOL. 003
リョウさん
広成建設
マクラギ交換システム SES170 オペレータ。
全長94mにおよぶ大編成機械を操作する。
2020年秋|新山口にてインタビュー
JR西日本の運営する山陽新幹線。1日あたり乗客23万人以上の運送を担うこの路線で、逸脱防止ガード導入に向けたマクラギ交換作業が行われています。
その作業を担うのがSES170 。全長94mは日本にある保守機械の中で最大規模。
広成建設でこのプロジェクトの中心を担うリョウさんに話を伺いました。
――リョウさんは導入から今日までずっとSES170担当だと伺っています。機械の操作自体が初めてだったそうですね。プレッシャーも相当あったと思いますがどうでした?
リョウさん(以下、リョウ)今だから笑えもしますが、最初は不安でいっぱいでした。私がSES170の担当になったのは21歳のときでした。入社以来、さまざまな分野で少し経験を積んだばかりで、ようやく仕事全体が分かりかけたときでした。
――そんなリョウさんがある日突然、大きな機械SES170の担当になったんですね。機械を操作するようになってからいろいろ苦労もしたと思います。
リョウ:SES170はなかなかの機械で、そしてさらに私は“引きが強い”と先輩たちから言われているんです。
――“引きが強い”??ラッキーボーイということですか?
リョウ:そうです(笑)何かいろいろなミラクルを引っ張ってくるみたいです。
例えば本線作業1日目にこんなことがありました。
その夜、僕の担当はマニピュレータ操作でした。マニピュレータは「旧マクラギを軌道から取り除き、新マクラギを敷設する」重要な部位です。
本線でいよいよ作業に取り掛かると思うと心躍りましたし、緊張しました。その日は何度も頭の中でシミュレーションし、気持ちを鎮めようとしたのを覚えています。
――山陽新幹線での作業初日。聞いているだけでこちらもドキドキしてきます。
夜間作業が始まり、機械セットも順調でした。ついに出番です。
慎重にマニピュレーターを操作し、レール下のマクラギを取り除きます。新マクラギを受取り、軌道上にセットしようとしていました。
そのとき何か擦れる金属音が聞こえました。ギィー―――!と。空耳じゃないかと期待しましたが、ダメでした。
基地から本線まで運んできた、新マクラギを機械から降ろすマクラギエレベータ―が下りてこなくなってしまいました。もちろんマニピュレータの操作はできず仕舞い、SES170の記念すべきマクラギ1本目はその夜、機械に乗ったまま基地に持ち帰りました。
――それは衝撃的なスタートでしたね。一体なにが原因だったんですか?
リョウ:機械が動作した際のセンサー破損が原因でした。故障自体は大事に至らず、その日に修理し、翌日には問題なく作業を再開できました。
その後も自分が作業担当する箇所ばかり次々と壊れる不運が続きました。
よく電化製品を触っただけで何もしないのに、家電を不調にしてしまう人がいますよね。
先輩方から私にそんな疑惑をかけられ、その結果“引きが強い”と呼ばれるようになりました。もちろん私が悪いわけではないとみんな分かっています(笑)。
――なるほど(笑)リョウさんは今やSESプロジェクトの中心人物の一人として活躍されています。
(プロジェクトチーム先輩の)タカユキさん、リョウさんは高い技術力だけでなく、チームの雰囲気を和ませる重要な人材ですね?
タカユキ:その通りです。プロジェクトを進めていく上で彼の役割は非常に大きいです。たまには冗談を言い合えるくらいでないと私たちの仕事はうまく回りません。
――大きい機械を限られた人数で回していかなくてはならないので、いろいろな難しさもあると思います。
タカユキ:なにか問題が起きると、私たちは「探偵」になって大きな機械の中からその原因を探しだします。全長が長い機械ですし、センサーの数も多いのでそれだけでも一苦労です。
またSES170特有の課題とも向き合う必要があります。これだけ長い機械なので、基地の限られたスペースで一連の作業全ては再現できません。このため一連の作業動作の出来る現場で作業時間内に「原因を見極められるかどうか」が、大きなポイントになります。
――なるほど、そういう制約があるんですね。そこまでは考えつきませんでした、ありがとうございます。
最後にSESプロジェクトの今後の展開についてプロジェクトマネージャーのタモツさんに伺いたいと思います。
タモツ:2018年に私たちは1晩でマクラギ198本を交換しました。1晩あたりのマクラギ交換数という意味では世界新記録を達成できました。
ただ、今はさらに多くのマクラギを交換することは考えていません。今取り組んでいるのは交換本数の安定化を図るため、エリアごとの人材育成に力を注いでいます。短期的には1晩あたりの交換本数の記録は更新されませんが、中長期的に安定した人材を確保することで平準化を図っていきます。
2021年6月末、このチームは解散を予定しています。5年間。あっという間でした。
――編集後記――
「三種の神器」、「三人寄れば文殊の知恵」。
古来より「3」という数字は特別な意味を持っており、安定・調和を意味するそうです。今回のインタビューを受けて頂いた3人は互いに対する信頼感が強く、いくつもの困難を乗り越えてきたチームだけがもつ特別なものを感じました。これだけのチームに出会う機会はなかなかありません。それだけに解散が少し残念です。
リョウさんの愛用品 “メジャー“
プロのオペは使う物にこだわりを持っています。リョウさんの場合は素早く、そして狂いなく寸法を測れるメジャーがそうです。
夜間作業後、リョウさんは機械を丹念にチェックしていきます。毎日の小さなメンテナンスの繰り返しが、大きな機械を動かすベースを作ると理解しているからです。
彼が常に携帯しているメジャーは使い勝手がとても良いそうです。毎日の作業で少し汚れたメジャーを撮影前に拭いていました。その姿は恥ずかしそうでありながらも、どこか少し誇らしげだったのが印象的でした。
会社名:広成建設 設立:1941年 軌道延長:553.7km 最高速度:300km/h | 機械名:SES170 導入年:2016年 全長:94m 重量:283.2t |